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新盆迎火

新盆迎火

多くの日本人がそうであるように、

僕も、このお盆にいなかへ帰った。

いなか、といっても、実際には父の実家で僕にとっては、

長年、おじいさんとおばあさんの家であり、

いとこのお兄ちゃんたちがいる家、ということだったのだが、

今年のお盆はいつもと少し異なるものとなった。


今年のはじめに、90を超えるおじいさんが亡くなったのだ。

母方のおじいさんは、僕が生まれる以前に亡くなってしまっていて、

双方のおばあさんは未だ健在ということで、

僕にとっては初めて、近親者が亡くなった出来事であった。

1月の葬儀、2月の四十九日、そして3月には東北の震災があり、

今年の上旬は怒濤のように過ぎていった。


父の実家(おじいさんの家)は長野県のある地域、

谷間を走る中央自動車道、天竜川を挟んで、西に駒ヶ岳を望む山の山腹にある。

山腹には見渡す限りの田んぼや畑、そして盆地には町が広がっている。

いわゆる日本の昔ながらの文化・風習を色濃く残した農村部である。


毎年、お盆の時期には今は亡き祖先の仏を仏壇に招くために、

「まんど」と呼ばれる迎え火、そして送り火を夕方に行う。

家の庭先に、乾燥させた白樺の皮を60cmほどの感覚でたてに3つ並べ、

それぞれに火をつけ、集まった親戚皆で、列になり3周、火をまたいで回るというものだ。

「まんど」には「振りまんど」と呼ばれるものもあり、

これは地区の集会場や、公民館の広場など、比較的広いところで、地域の住民みんなで行われる。

麦わらを束ね、大きなだるまほどの大きさにした球体に、2~3mほどの荒縄をつなげ、

火をつけ、これを両手で持ち上げて水平に振り回すもので、

僕も小学生くらいのときに、半ば怖がりつつも、その怪しい炎の揺らめきに見とれながら

まわしたことがある。


このように、昔からの風習が今も残る長野のいち山村で生涯を遂げた僕のおじいさんは、

優しく雪が舞い散る冬に弔われ、そして仏様となった。

そしてこの夏はお新盆ということで、普段のとはまた異なる形で、お盆を迎えることになったのだ。


玄関には家紋の描かれた提灯が飾られ、奥の座敷には、葬儀のときと同じようなサイズの仏壇が設けられ、

たくさんの供物が供えられる。

初日には、お坊さんがお新盆の檀家の家を一軒一軒たずね、お経を唱えて回っていく。

玄関の扉は開け放たれ、地域の人々や、遠方の親戚が、お盆の間中、間断なく訪れ故人を偲んでいく。

仏壇の正面には座卓が並べられ、たくさんの料理でそうしたお客さんをもてなす。

これが、15日の送り火の日まで続けられるのだ。


おじいさんには

息子が4人。そしてそれぞれの嫁が4人。

孫が10人。結婚している孫の配偶者が5人。

そしてひ孫が5人いる。

家督を継いだ伯父は、「家」を代表してすべてのお客さんの接待をし、

昼夜問わず酒が振る舞われる中で、くたくたになっていた。

それを裏で支え続ける伯母もやはり疲労困憊し、昨晩はついにダウンし、

今朝まで寝込むほどになってしまっていた。


いついらっしゃるかわからないお客さんに対して、常に正装で暑い中待たなければならない残りの息子たちや、

そんな父親たちへ少しでも力になれればと、気張っている僕ら孫世代、

お客さんをお迎えする僕ら親族みんなが疲労をなげうって不平不満も漏らさず、

亡くなったじいさんのために身を尽くす光景を、

僕の稚拙な言葉ではなかなか伝えられるものではないと思い至ったとき、

やはり僕に残るのは写真で、これでどこまでそれを伝えられるものかと、僕は考えたりした。

もちろんこうして一族総出でてんてこ舞いを踊っているときに、じっくり考えているわけにもいかず、

子供好きでなつかれる僕は、肩にカメラをぶら下げながら、子供たちと畑でトマトをもいだり、

部屋で遊んでやったりと、する合間で考えていたのだ。

自分のことを、物心つく前から世話してくれた伯父や伯母の苦しんでいる顔を撮るには忍びなく、

心身ともに削られた彼らを癒してくれるのは、まだ言葉も満足に話せない4ヶ月の孫、

キュートなポーズをとって笑わせようとする4歳になる孫の存在であることに思い至り、

伯父たちが孫たちをまさに猫可愛がりしている光景をカメラに残した。


こうした日本の風習には、もちろん問題点なども指摘されていたりする。

どうしても僕は、大学時代に人権問題を研究していたこともあり、

こうした観点からしか(「しか」というと語弊があるようにも思うが)、物事を見ることができない。

そして、やはり僕にとってのものを見る尺度のひとつとして「人権」という観点から見ても、

「家父長制(イエ制度・嫁)」「フェミニズム(女性蔑視)」「穢れ」などと枚挙に暇がない。

それぞれの人権活動家に言わせれば、すべてあってはならないことなのかもしれないけれど、

この長野の農村に住む住民たちは、このような風習を生み出し、永劫受け継いできた、これた、

というところには、はやり何かしらの理由があって、

簡潔に言ってしまえば、こうした風習があることで、昨日まで同じ釜の飯を食ってきた家族が、

ある日突然亡くなってしまった、

という何にも変えられない悲しみを心の中に抱えた残された遺族の心を幾ばくかでも祓ってくれる、

そんな効能があるからこそ今まで延々と受け継がれてきたのではないのかと思うわけです。


もちろん、さきに挙げたような問題点も確かにあり、親族間のしがらみなどもある中で、

この風習を忠実に前世代から受け継ぐことだけが道ではないことは明らかで、

今までにも様々な形態の変化を経験した上での今の形ということになるのだろう。

ただ、今回ひとつ発見したことは、形こそ違えども、日本各地ひいては世界各地に様々な方法で

故人を「向こうの世界(彼岸)」送り出す風習が残っているということ、

そしてそうした残された者たちの望むことは、故人の安らぎ。これに尽きるのではないか、と思ったのだ。

もしかすると、こうした考え自体が神仏混淆の日本で育った人間ならではの典型的な考え方、

ということになってしまう嫌いはあるかもしれないが、宗教という垣根を越えたところで、

何か見えない1本の筋が通っているようにしか思えないのだ。


長くなりました。

最後までご覧になっていただけた方には本当に感謝します。

今回の写真は、冒頭に書いた「まんど」の火です。

手あかのついた言葉になりますが、

「祈りの焰」

と名前をつけました。

人魂のように揺らめく焰をみていると、

仏様が彼岸から帰ってきてくれたような錯覚に陥るのです。

テーマ:スナップ写真 - ジャンル:写真

  1. 2011/08/16(火) 04:16:23|
  2. photography
  3. | コメント:1
<<鼓動 | ホーム | 薄暗闇静寂発光>>

コメント

新盆

こんなにゆっくりお盆を実家で過ごしたのは、ほんと10年ぶりでした。
盆暮れ正月を田舎で過ごすことができないことを、仕事のせいにしていた自分を、少し責めたりもした。
いろいろな意見があるけど、俺は、忙しい中、あんなにも多くの親類縁者が集まってくれたことを嬉しく、そして誇りに思ったよ。
みんなが、それぞれの役目をしっかりと果たしてくれて、ほんと、助かりました。子守も立派な役目です(笑)

  1. 2011/08/19(金) 22:36:27 |
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